3人の話 〜プロローグ・春休み〜
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ここは新潟県長岡市。3月も下旬になると、全国的には桜が咲いて満開の時期になると思いますが、新潟県はようやく雪が解けて、もうちょっとで桜が開花するかな、って時期です。日中は暖かい日も出てきましたが、朝晩はまだまだ寒くて布団から出るのが憂鬱ですね。

僕は、佐藤走一郎(さとうそういちろう)と言います。中学1年生、来月から新学年なので、まもなく中学2年生になります。

 ー時刻は午前5:00

ピピピッ、ピピピッ、ピピがちゃ。僕は目覚まし時計を止めた。

「う〜ん、もう朝か。ふぁ〜、うぅ、さむっ。」

僕の1日は、ピアノを弾くことから始まります。

「今日は何弾こうかなー、よし、これかな。」

今日はわかりやすく、"はじまりの羽音(はおと)"を選びました。スタジオパンジー制作のアニメ映画、"幻の王家と、光みちびく城へ"の劇中で、ガレットがトランペットで奏でてる曲として有名ですよね。

早朝なので、マフラーペダルを固定してと。

 〜♪♪♪

「よし、きょうはこんな感じかな。」

僕はそっと鍵盤蓋を閉じた。まだ早朝なので大きな音は立てられない。

朝ごはんが6:30くらいなので、それまで散歩してきます。

この時期の長岡はまだまだ寒いので、コートは必須ですね。

歩いて十数分、毎朝必ず来るのがここ、水道公園。ここには、長岡のランドマーク的存在とも言える水道タンクがあります。夜に来るとライトアップもされてるので、近くに来た際はぜひ立ち寄ってほしいとこですね。

ここでぼーっと、日の出を眺めるのが至福の時間なんですよね〜。最近は日の出時刻も午前5:30過ぎとなり、徐々に春を感じるようになりましたが、いかんせん寒い、寒い。

しばらく時間が経つと、日が上り、長岡の街が明るく照らされてゆく......

日の出も見たし、そろそろ帰ろうかなーと思ったら、

「ぉーい」

信濃川沿いの土手を走っていた少年が、こちらに手を振りながら向かってくる。

「そーおー」

あ、修(しゅう)だ、どうしようかな、見なかったことにする?w

よし、ここはあえて少し逃げるw、小走りで。

「ちょ待ってよ、走、こうなったら...... 、、、つっかまーえたー」

逃げようとしたら捕まってしまった、まあ運動部の修から僕が逃げられるわけないか。

「ちょっ、離れてよっ、汗臭いし湯気出てるしー。」

「そっちこそなんで逃げようとすんだよー」

「わかったから、逃げないからとりあえず離して。」

そう言うと、修は離れてくれた。

こいつは田中修司(たなかしゅうじ)。一応僕の幼なじみで、同じ中学1年生でまもなく中学2年。野球部で身長は173cmと、すでに体格は成人男性並み。ちなみに僕は166cmと、同学年ではそこまで小さい方ではないんですが、そんな僕から見ても大きいと思います。

「走おはよっ」

「おはよ。」

......

「で、なに?」

「え?まあ走見かけたから、あいさつしとこうかなーって思って」

「ふーん、(チャックの音)はい。」

僕は汗だくの修に、カバンからタオルを出して渡した。

「お、ありがと。さすが走さん!」

「......別に、修のことだから。」

「はいはいw。とりあえずさ、土手歩かね?」

「ぅん、まぁいいけど......」

修と信濃川沿いの土手を歩き始める。日が昇り始めて少し経ち、長岡の街や土手がだいぶ明るくなってきた。

正直僕はなんで修が、修司がいつも隣にいてくれるのがわからなくて。修は野球部でもピッチャーで、1年生の秋からすでに先発投手を任されています。クラスでもいつも男女関係なく人に囲まれていて、僕はいつもそのようすを眺めているだけ。まぁ苦手ってわけではないですけど、むしろこんな僕にいつも声かけてくれてありがたいと思ってます。

まあ強いて言えば、幼なじみで、家が目と鼻の先ってことくらいですかね。

「修、靴ひも解けてるよ。」

「お、ありがと」

それくらいの会話しかせずに、2人で信濃川沿いの土手を歩いていた。

しばらく修と歩いていると、リズム感ある軽快なボールタッチの音が聞こえてきた。

「げ、このボール捌きの音は......」

僕は再び逃げようと思う前に、すでに修に腕をつかまれていた。

修は僕の腕をつかみながら、「おーい、かーんー、走もいるよー」と、土手下の広場でリフティングしていた幹(かん)に届くように声をかけた。

「いいってっ、別にっ、」

僕は修の腕を振り解こうとしたが、力及ばず徐々に振り解く気を無くしてった。

修の声に気づいた幹はリフティングを止めて、すぐに僕らの元へ駆け寄ってくる。

「へ〜、今日は走も一緒か、めずらしいね」

爽やかな出で立ちのこいつは、泊幹太(とまりかんた)。幹とは中学生になってから出会った。学年も同じく中学1年でまもなく中学2年。学校の部活には入らず、長岡市の地域サッカークラブ、「ナガオールFC」に所属していて、そこでサッカーやってるそうです。身長は僕より少し低い164cmですが、まさに成長期って感じで、今年中には身長抜かれそうな雰囲気です。

ちなみに、幹がリフティングしていた土手下の広場は、毎年8月2日、3日に開催される「長岡まつり大花火大会」の有料観覧席となっていて、この2日間は普段の長岡としてはありえないほどの人でごった返します。

「走おはよー、ついでに修もおはよー」

「おい、ついでってなんだし」

「おはよ。」

......

沈黙を破ったのは、意外にも僕だった。

「幹、はい。」

幹太にもタオルを渡した。

「お、ありがとう、やっぱり走さんじゃないとだめだね」

「......まあ、幹のことだし。」

「おれもさっき走からタオル渡された、やっぱさすが走さんだよな〜」

「ふふふっ、確かに」

「はぁ〜、修と幹があまりにも抜けてるからでしょ。風邪引いたら僕よりも困る人たくさんいるんだし、もっと自覚持ってよ、野球部のエースさんに、オールのレギュラーさん。」

「「すんません、気をつけまーす()」」

修と幹は揃って反省してたけど、なんか僕に叱られたのがちょっと嬉しそうなのが逆にムカつく。

ちなみに幹は、幹太も同じく学年の人気者ではあるんだけど、少し修とはタイプが違う感じですね。修が言葉で周りを引っ張ってくタイプなんですが、幹は自分から行動する姿勢を見せて、背中で引っ張ってくタイプというんですかね。実はあまり口数も修ほど多くなくて、時々何考えてるかわかんなくなるくらいです。

「あ、そう言えば走と修に見せたいものがあって」

幹がカバンからいつも着てるユニフォームを広げて見せた。

「ん?いつものユニフォームに見えるけど?」

「うん。」

「そうじゃなくて、背番号だよ」

「14番、がどうかした?」

「そう、この14番、オールのエースナンバーで、この春からおれが着ることになった」

「へー、すげーじゃん」

「あ、そういえば、ニュースで見たかも。」

確か、そもそも幹太が所属してる「ナガオールFC」は、長岡市内の私立高校、長岡栄凛(えいりん)高校サッカー部の関係者が、中学年代やそれ以下の選手の育成のために設立されたチーム。それで、栄凛のエースナンバーが14番だから、そのまま下部組織のオールもエースナンバー14番になった、とか......?

「ってことは、まだ上級生がいる中で、新2年生が14番を背負うってのはなかなかすごいんじゃない?」

「さすが走さん、そういうこと」

「まったく意味わからん」

修は頭に?マーク浮かべた

「修にわかりやすく言うと、修みたいに下級生のうちから上級生差し置いて、エースピッチャーやってる感じ。」

「なるほど、さすが走さんわかりやすい!」

「......はい。」

「ちょいちょい、走さん何その冷たい感じw」

「ふふふっ、まあ、いつかは14番着たいって思いはおぼろげにはあったんだけど、正直おれが着ることになるとは思わなかったし、今は不安の方が大きいかも...」

「でも、自信もっていんじゃねーの?認めてもらえたってことなんだし」

幹がまだ何か言いたそうな雰囲気だったので、僕はすかさず、

「修、静かに。幹、続けて、」

「ありがとう。おれは歴代のOBの14番みたいに声で引っ張ってくタイプじゃないから、行動とかサッカーに向き合う姿勢を背中で見せてく新しい14番像を創れたらなって思ってる。とりあえず今年はまだ上級生と一緒にプレーできるから、上級生の力も借りてく感じになるかな。」

「うんうん、なんか、幹らしくて素敵だね。」

僕は正直スポーツやってる人って、修みたいな昔からよく言われる、"ザ・体育会系"って人たちばかりなのかなって思ってましたが、幹と出会ってからスポーツやってる人の印象変わったんですよね。幹みたいに繊細でいろいろ考えながら向き合ってる人もいるんだって。

「とりあえず、今年のオールでのおれの活躍見ててね。こんなおれでもチーム勝たせられる14番になるから」

幹のいいところは口数は多くないけど、その瞳の奥では熱いもの持ってる感じかな。そこはやっぱりスポーツマンて感じ。

「うん、僕は時間見つけて絶対見に行く。」

「おれも野球の試合なければ、見に行きたいんだけどなー。まあ行ける時に行くかな」

「もちろんおれも、修の野球の試合も見に行きたいな。そう言えば、走はピアノやってるんだっけ?」

「一応ね。そっか、幹は中学からだからまだ僕がピアノ弾いてるの見たことないか。」

「おれは小学生の時に何度か走の発表会、リリックホールで見たけど、まじでヤバいっていう表現しか思いつかないくらいヤバいよ」

「修、そう言ってくれるのありがたいけど、もう少し語彙力増やそうか。」

「はい」

いつも威勢のいい修が、少ししょんぼりした。

「ふふふっ、へぇ〜おれも見たいな〜。今年はどうするの?」

「うーん、どうしようかなって迷ってるとこ。ちょっとスランプ気味で。」

一応僕は週に数回ピアノ教室通ってるんですが、去年からいろいろ不調で。去年の発表会は出ませんでした。

「...まあ修と幹の野球やサッカーみたいに真剣にやってるわけじゃないし、ぶっちゃけ言うと、そろそろいいかなって時々思う時もあるんだよね。」

この一言から空気が変わった。

「それ、本気で言ってるの?」

いつになく真剣な表情で修は言った。

「おれは走の本気のピアノ、まだ聞いたことないから聞いてみたい」

と、幹が言ってくれた。

「ふーん、ならおれ走がピアノやんないならおれも野球やめようかなー()」

「えっ...」

「おれも14番のユニフォーム返してこようかなー()」

「...そんなの、ダメだよ、、、」

「だって、走がピアノやんないと、いろいろつまんないし、なあ幹」

「うん」

「...だぁめだって...そんな、の......みぃんながぁ、困るってぇ...」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ?、おれも走にピアノやめられると困る」

修が得意げな顔で言った。

幹はじっ、と僕を見つめてる。

「うぅぅぅ〜...」

「どうすんの、やるの?」

「やらないの?」

修と幹が交互に僕に迫った。学年で人気2トップに迫られてる...

「...ぅぅう〜わ〜か〜ったよ!やりゃーいいんだろ!〜、やりゃ〜!!!」

「「イェーイ!!」」

修と幹がハイタッチして喜び合ってる。

「まあもちろん、なんかおれらにも協力できることあればなんでも言えよ〜」

「走にはいつもおれと修がついてるよ」

「むぅ〜。」

僕は観念した。こいつらに冗談なんか通用しないし。ま、またちょっとずつやってみるか。

よし、実は僕にも秘策がある。

「修。」

「ん?」

「さっきさ、『おれらにも協力できることあればなんでも言えよ』、って言ったよね?」

「うん」

「じゃあさ、僕がピアノまたやる代わりに、修と幹も約束して。」

「いいぜ」

「もちろん」

「2人とも、今年のテストで、絶対に赤点取らないこと。」

また空気が変わった、今度はいろんな意味で。

「僕がまたピアノ本気でやるんだから、修と幹もそれくらい、できるよね?、野球部のエースさんに、オールの14番さん?」

僕は修と幹の肩に手を乗せながら、そう言った。

2人とも冷や汗かいて、震えてるのがよく伝わってくるw

僕はあえて低めの声で修と幹の耳元で言った。

「どうすんの?、やんの?やんないの?」

「やっ、やります、ごめんなさいっ、もう許してください!!」

「今年はもう勉強で走に迷惑かけないから!!」

まさかの、学年で人気2トップの修と幹が、僕の前に跪いてるw、こんなの学校でやったらどうなることやら。

「よし、これでおあいこだね。僕はピアノを頑張る、修は野球で幹はサッカーを頑張る。そしてみんなで勉強頑張る。」

「はぁ〜やっぱり走にはかなわんわ〜」

「ほんとそう」

修と幹は観念したようだった。

「ほんとに修と幹には勉強頑張ってもらわないと、僕が先生やコーチ、先輩方にいろいろ言われるんだから、頼むよ。」

「「はいはい」」

「はいは1回!」

「「はーい」」

「伸ばさないっ!」

「「はい!!」」

日の出からかなり時間が経って、すっかり長岡の街は動き始めていた。

きょうのこと、1年後、そしてずっと覚えていたらいいな。

これは、僕と修と幹の身の回りの、ちょっと変わった日常の話......?

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